◆EMC Records 批評・記事一覧◆


EMC Records 第一弾
2月1日(木)発売
S.L.ヴァイス「不実な女 L’Infidele」
佐野健二/ジャーマン・テオルボ
音楽現代 
2007年 3月号
注目盤
ここの所、邦人リュート奏者のソロ・アルバムのリリースが続いている。ドレスデンの宮廷音楽家でバッハ一家とも親交のあったリュート奏者ヴァイスは、ライプツィヒのバッハ家を訪問し、度々、「とびきり優雅な音楽会」を催したという。ここにはそのヴァイスのリュート作品が集められているが、短い即興演奏に続いて本編が始まるというアイデアが気が利いている。
佐野健二はソリストとして、あるいはソプラノの平井満美子とのデュオやアンサンブルの通奏低音奏者として活躍するリューティスト。十三コース、二十四弦のジャーマン・バロック・リュートを弾いている。
<不実な女>は大英博物館所蔵の、<パルティータ>はロシアのグリンカ博物館所蔵のマニスクリプトを用いるなど周到な学問的研究に裏付けられた演奏は、華やかなヴィルトゥオジティの魅力とは違うものの、これまでの音楽家、研究家、製作家としての研鑽とキャリアの積み重ねを感じさせるものだ。

(那須田務)
現代ギター 
2007年 3月号
ディスクを再生すると、まず聴こえてくる低音弦の長く豊かな響きは、即興で弾かれる30秒のプレリュード。このギターには持ち得ない余韻こそが、ギタリストをしてその演奏にまで駆り立てるリュートの魅力なのだろう。
イギリスでブリームにもレッスンを受け、モダンギターと古楽の両ジャンルに亘って活動する演奏家・佐野健二が、13コース24弦の大型リュート、テオルボを使って2つの組曲をとりあげた。近年、録音や研究(つづりはSiliviusが正しいとの説も)に充実を見るヴァイスの音盤に加わった新たな1枚だ。
ギター編曲でも馴染みの<不実な女>、もう1曲の6楽章30分を要する<パルティータ>は、ニ長調と表記されているが、響きは渋く重厚なもの。快速調<クーラント><プレスト>など真に壮麗である。
(高橋望)
Stereo誌 
2007年 3月号

優秀録音盤
今月の優秀録音盤

佐野健二のバロック・リュートによるリュート音楽の巨匠、ヴァイスの作品集「不実な女」は、新たに創立されたEMCレコード第1弾。
収録は2006年、EMCプライベート・スタジオで、間近にリュート音像をクローズアップしたリアルなパターン。スムーズな弦の立ち上がりから筐体の暖かい響きまで克明に綴られる。
(斎藤宏嗣)
CDジャーナル誌
2007年 4月号
ヴァイスはバッハと同時代に活躍したリュートの名手。作曲家としても楽器の響きや特性を知悉した作品を残している。佐野は長い低音弦を持つ楽器を用い、その多彩だがいくらか渋めの音楽世界をノーブルで落ち着いた響きの味わいでキラリのときめきにつなげる。
(中野和雄)
レコード芸術
2007年 7月号

準特選盤
準特選盤

[推薦]
佐野健二は、かねがねリュートおよびその親族楽器のソリスト、アンサンブル奏者、歌手への伴奏家として活躍をつづけてきたヴェテランである。ここで彼が後期ドイツ型のバロック・ルート(14コースを具える)をたずさえ、その時代のリュートの高峰S・L・ヴァイスの名作を聴かせてくれることは喜ばしい。初めに、そのかみの習慣にのっとり、短く”小手しらべ”のインプロヴィゼーションをつまびいたのち、彼はヴァイスの組曲を2つ奏する。ひとつは大英博物館所蔵の手稿から、かつて名匠ドンボワも録音していたこの世界の人気作、ソナタ(組曲)《ランフィデール》すなわち「不実な女」。次いではモスクワに所蔵される手稿の中から《パルティータ》ニ長調。どちらも趣深い作品で、楽器を知悉した者でなくては成し得ない効果---佐野健二自身が執筆するブックレット内解説に見るとおり、これはJ・S・バッハの貴重な”リュート曲”にも望まれないヴァイス独自の利点である---が、されにふところを深くしている。また、ヴァイスの諸作には、型にはまり切らないおもしろさ、良さが息づいていることも指摘されよう。佐野の音色はリュート特有のニュアンスに富んでいると同時に、常にしっかりと張りを保っており、幽玄さから曖昧さへと陥ってはしまわない。たとえ当時はすでにリュ−トの隆盛は諸国で過ぎ去っていたにしても、ヴァイスの音楽にはなおくっきりと、一時代の面影が宿っている。そのことを実際に音で味わわせてくれる、このような名手の録音を、いみじきものとして歓迎したい。
(濱田滋郎)

[準推薦]
ギタリストとして出発し、のちリュートに転じた佐野健二はソリストとしてより以上に、内外一流の歌手たちのすぐれた伴奏者として、かなりの量に及ぶCDにその名を記してきた。ときにその幾トラックかにはソロの芸も聴かせてくれたが、ここにはじめて---といってよいソロ・アルバムを世に問う。
ヴァイスの名は古楽愛好家には言うに及ばずギタリストの間にさえ旧知のものだが、その本来の姿である「バロック・リュート」による演奏がここに聴ける。奏者自身の言葉がブックレットにあるが、ギタリストがこの楽器の分野に挑戦するのはやはり難しい。永年の研究・研鑽によって得た音楽の味をここに披露して、バロック・リュートの音楽がどのようなものなのかを知らしめる姿は尊重されるが、やや録音に問題があるのか暗く、重々しい印象がまさるのはどうしたものか。
選曲も良く、有名なイ短調のソナタ(組曲)《不実な女》とニ長調の《パルティータ》が収められ、同好の士には大いに迎えられるべきだが、この楽器の渋さ、重厚さが合わせ持つはずの、華やかさ、軽妙さをおさえてしまうかの音質はいささか残念。譜面を前に聴けば奏者佐野のテクニックの確かさ、折々見せる即興的な装飾の妙も随所に聴ける好盤といえるが。
(濱田三彦)

[録音評]
線のくっきりした腰のあるサウンドによるリュートの録音である。しかし厚手の残響を適度に取り込むことによって、ドライになったり鮮鋭な硬質感を呼ぶことはない。うっかりすると演奏雑音の多い録音になってしまう点は、リュートとクラヴィコードはほぼ同難度だが、ここでは見事なSN比で収録されている。2006年8月、EMC(アーリーミュージックカンパニー)プライヴェートスタジオでの収録。
<90点>
(神崎一雄)



EMC Records 第二弾
6月1日(金)発売
イタリアバロック歌曲集「私の涙 Lagrime mie」
平井満美子/ソプラノ 佐野健二/アーチリュート
ストロッツィ、カリッシミ、フレスコバルディ
現代ギター 
2007年 7月号
リュートの佐野とソプラノの平井が主宰するアーリーミュージックカンパニー自らが発売する「不実な女」(佐野ソロNo.510参照)に続く第2弾CD。3人の作曲家によるイタリア・バロック期の歌曲7曲、およびリュート独奏で<アリアと変奏>が収録されている。ルネサンスのポリフォニー音楽は、バロック期に入るとより言葉と音楽の関係が重視され、感情の表現に主眼が置かれた音楽へと変化していった。このアルバムに聴かれる曲もたいへんドラマティックであり、詩の内容につれて大きく振幅する歌を、平井は確かな技巧と感情表出で歌い上げ、佐野の伴奏と相まって非常に劇的な音楽となっている。このような良質のアルバムを、今後も発表し続けることを期待したい。
(安倍寿史)
音楽現代 
2007年 8月号

推薦盤
推薦

数少ない古楽の歌い手として活躍している平井満美子とリュート奏者佐野健二によるイタリア・バロック歌曲。このデュオはすでにルネッサンスやバロックの歌曲のCDを多数出していて、どの作も立派な成果をあげているという。澄みきった美しいノン・ヴィブラートの声そのものの魅力に加えて、このバロック歌曲では驚くばかりの感情表現、つまり「歪んだ真珠」という喩えにふさわしい、人の心にダイレクトに届く魂の燃焼が聴き取れるのである。また、彼女の歌を支え、またあるときはこれまた豊かなニュアンスで演奏する佐野のリュートのかそけき音色。「私の涙」はバルバラ・ストロッツィ(1619〜77)の作品だが、和声や転調の激しさなどこの時期の音楽の特徴を示している。あとのフレスコバルディやカリッシミといった作曲家の作品にも多くの共感をもって歌いだされているこのCDは、声高に叫ぶことの現代のオアシスと言えるのではないだろうか。

(保延裕史)
レコード芸術
2007年 8月号

準推薦盤
準推薦盤

[準推薦]
ソプラノの平井満美子さんとリュートの佐野健二さんのコンビによる『イタリア初期バロック歌曲集』である。ジロラモ・フレスコバルディ(1583〜1643)、ジャコモ・カリッシミ(1605〜74)、バルバラ・ストロッツィ(1619〜64以降)の3人の歌曲作品前7曲を延々と聞かせる。とくにストロッツィの作品が5曲もあり、『ラグリメ・ミエ(私の涙)』というCDタイトルもこの女流音楽家の歌曲によっている。
ヘンリー・パーセル(1659〜95)の《ダイドーとイーニアス》中の有名な<わたしが死んだ時>にも共通する「恨み節」を中核にして、平井さんの的確な語りが悲愴感あふれる説得力を持って迫ってくる。時というのは味なもので、平井さんの声の透明感はやや後退していることを否めない面があるにしても、表現力ははるかに増大し、この好唱を生みだしている。イタリア語歌詞のすべてが平井さんによって訳出されている一事からも、言葉と音楽の読みのなみなみならぬ深さを推測させる。
大型アーチリュートと、小型のリウト・アッティオルバートを使い分ける佐野さんは楽曲の構成をしっかりおさえ、声と楽器の協調を支えてゆく。凝りに凝った作品が集められ、ちょっとやそっとの力量の演奏家では扱いかねる音楽だけに、ヴェテランのご両所によって現出される世界は、広くて大きい。
とくにカリッシミの《スコットランド女王のラメント(嘆きの歌)》という長丁場を語り歌う平井さんは、20世紀イタリアのルイージ・ダッラピッコラ(1904〜75)作曲の同じメアリー女王の嘆きに寄る《とらわれ人の歌》の大合唱に匹敵する強靭な訴えを秘めている。一方、佐野さんの独奏によるフレスコバルディの《アリアと変奏》が、これまた聞き逃せない名演奏である。
(皆川達夫)

[準推薦]
平井満美子(S)と佐野健二(アーチリュート)による、バルバラ・ストロッツィを中心とした初期バロックの作品集成。この二人による録音は、1990年代はじめから多数リリースされてきた。過度な演劇的強調に傾くことなく、リュートとその一族の楽器による伴奏という形態も手伝って、つねに一定の気品と調和を実現してきた。今回は、このふたりが、好きなときに録りたいものが録音できるようにということで、プラヴェート・スタジオにおいて、自ら設立したレーベルへの録音をはじめた2点目のディスクであり、二人による演奏としては最初のディスクにあたる。
《私の涙(ラグリメ・ミエ)》は現在以上に稀であったであろう女流作曲家ストロッツィの、恵まれた芸術的環境と彼女の独創性が刻印された代表的な作品で、大胆な和声に満ちた音楽である。平井満美子は、音楽が求めるさまざまな要素、たとえば弧を描くような大きなフレーズ、急速な装飾的パッセージ、パルランド様式などの交替を適切に織り込んだ歌唱を繰りひろげる。
オラトリオの創始者カリッシミの、《(スコットランドの)メアリー女王のラメント》は、その一部<死ぬ、正義と信頼を守るのに王冠は役に立たない>が取り出して演奏されることがあったが、ここにはカンタータ全体が収録されている。平井の歌唱は、悲劇の女王の宿命を表現するために、果敢なまでの表現を試みている。この特別な作品の全体が聴けるのもこのディスクのメリットである。
(美山良夫)

[録音評]
一般的には珍しいといえる古楽器、アーチリュートを伴奏にした、ルネサンス期のソプラノ・アルバム。残響は長めで主にソプラノに長めであり、残響付加が感じられなくもない。音量の小さめなアーチリュートもソプラノも等しく明瞭にという、ある意味では教科書的な収録と言えようが、それだけに両者クリアに収められている。2007年3月、EMCプライヴェート・スタジオにおける収録。
<90点>
(神崎一雄)
CDジャーナル誌
2007年 8月号
リュートの音色はなんと心和ませるのだろうか。それを伴奏にして歌われるイタリアン・バロックのメランコリックで叙情的なうた。平井の歌唱はややこってりとした感触ながら、実に表現が豊か。「私の涙」そして大曲の「メアリー女王のラメント」が聴きもの。
(斎藤弘美)
古楽情報誌 Entree
2007年 10月号
(No.192)
[朝岡聡的 新譜試聴記]
古楽のコンサートは規模が小さいものが多く、全国規模の宣伝が展開される演奏会は来日公演などごく小数に限られる。関東に住んでいると、なかなか西日本の小規模なコンサート情報を入手する機会がない。そんな時にこそ本誌の存在価値もあるというものでしょう。
今回紹介するアーティストはアントレ誌上でも、その情報が時々紹介されるアーリーミュージックカンパニー(EMC)の二人。ソプラノの平井満美子さんとリュートの佐野健二さんによる17世紀中期までのイタリアバロック歌曲集であります。題して「私の涙」。B.ストロッツィ、G.フレスコバルディ、G.カリッシミによる愛と哀しみの歌が収められている。
演奏者の二人は1995年から大阪・豊中市の千里阪急ホテルのクリスタルチャペルで年6回のコンサートを開いていて、今年の12月にはめでたく100回を迎えるそうだ。夜の7時半から休憩なしの1時間プログラムは、勤め帰りのお客様からも好評。いよいよ今年から録音も始まり、その第2弾がこのアルバムである。
『言葉よりも対位法的手法を大事にせざるを得ないルネサンスのポリフォニー(多声音楽)に代わり、言葉と音との関係がより重視され、言葉の抑揚や意味、そして感情の表出を重んじる伴奏付き単旋律であるモノディー様式が登場してきました』(佐野健二氏)という17世紀前半。言葉と音楽の結びつきを実感できるのは何と言っても恋愛の心を歌う歌。さっそく聴いてみよう。
「涙」ときて、リュート伴奏の歌曲となればダウランドのラクリメなんぞを想像するのだけれど、イタリアはラテンですからね、しかも時代はバロック。愛の胸のうちを歌うと自由で大胆な感じが印象的だ。生涯に多くの歌曲コレクションを出版したバルバラ・ストロッツィの《偽りの恋人》という作品は、『あなたは 私ののどかな日々を そのまなざしで堕落させる そして 人を欺くため息で あなたは空気をも毒する ああ もて遊んでそしてからかわないで ああ 見つめて そして 嘘をつかないで ・・・』と歌詞を読んでもゾクッとするような内容。愛のほとばしりかパッションとも言うべき心情を平井さんが歌い上げる。「ああ もて遊んで〜」のあたりなどまさに感情が音となって表現されている。しっとりと、情熱的に、官能的に・・・音楽史を眺めればちょっと前までポリフォニーの荘重に絡み合う音楽だったのに、やっぱりバロックはドラマだなぁ。そんあ思いが湧き上がる。
佐野さんが演奏するリュートは2台。大型のアーチリュートとやや小型のリウト・アッティオルバートは、ルネサンスからバロックへの移行期にイタリアで生まれたという。自由で大胆な感情表現の歌声を支えるにはピッタリ。歌声が愛の心を直接表現するものならば、伴奏のリュートは歌に心のひだや細やかな空気を加えるがごとき効果がある。恋の歌に情感が匂い立ってます。
リュートのソロも収められていて、フレスコバルディの《アリアと変奏》は作曲者が自分の名前をつけているほどの自信作らしい。もともとは鍵盤楽器用の作品でもリュートで演奏すれば趣はガラリと変わる。フレスコバルディをリュートで聴くなんて、ありそうで録音は少ない。彼の歌曲とともに興味深い演奏が楽しめるのもこのアルバムの特徴。
それにしても12年も続く息の長いコンサート・シリーズといい、録りたい時に録りたい作品を録音するためにレコードを設立してしまう行動力といい、平井さん・佐野さんご両人の生き方は芸術家としてブレない強さを感じる。この組み合わせで知られざる傑作が次々と紹介される今後に期待大だ。
(朝岡聡)



EMC Records 第三弾
10月1日(月)発売
イギリスのデュエット集「The English Duet」
平井満美子/ソプラノ 佐野健二/ルネサンスリュート・オルファリオン
モーリー、ジョーンズ、キャンピオン、ジョンソン
現代ギター 
2007年 11月号
佐野と平井が主宰するアーリーミュージックカンパニーの第3弾アルバムは、16世紀イギリスに活躍した4人の作曲家の作品が取り上げられる。このアルバムで特徴的なのは収録曲のほとんどが多重録音で録られていること。佐野によるオルファリオンとリュートの二重奏や、平井の一人二重唱など、息の合った(?)演奏が聴ける。多重録音であることを感じさせない、極めて自然な流れで、イギリス・ルネサンス音楽の精華を楽しめる。特にオルファリオン(リュートと同調弦で金属弦を使用)の繊細な音色は、聴くものを自然に古雅な世界へ導いてくれる。
(寿)
レコード芸術
2007年 12月号
冒頭まず、佐野健二さんによるジョン・ジョンソン作曲の《女王のトレブル》が颯爽となり響く。すっかりいい気分になって聞きいった途端、なんとも不思議な二重唱が流れだして、ビックリ仰天。曲目表を見なおして、はじめて納得した。この二重唱は平井満美子さんがお一人で歌っておられるのである。
『イングリッシュ・デュエット』のタイトルのように、平井さんによる歌声を佐野さんのリュートとオルファリオンが支えて、16世紀の末から17世紀のはじめにかけてイングランドで活躍したトマス・モーリー(1557/8〜1602)、トマス・キャンピオン(1567〜1620)、ロバート・ジョーンズ(1597〜1615ごろ活躍)らの二重唱作品を中心に聞かせるCDである。平井さんのまっすぐで透明、節回しも真っ直ぐで自然な歌声に、さすがはカークビー直伝と感心した。
と、そこまではいいのだが、その平井さんが近代技術を駆使した多重録音によって一人二役しておられるのは、正直申して辟易させられた。もちろん演劇でも映画でも一人二役はある。だがそれは同じ人物が二つの異なった役柄の人物を演じるのであって、今回のように同一人物が同質の声と同一の歌詞で二つの声部を歌い、同じ表情で泣いたり笑ったりするのとでは、次元がまったく異なる。
今までにもフルートやヴァイオリンなどの楽器による一人二役の二重奏があったし、このCDでもリュートとオルファリオンの多重録音が聞かれる。それはまだ抵抗ないとしても、こと生身の人間の声にかんする限りは、一人二役されてみると、まるで二人のまったく同一の顔つきのクローン人間が仲よく手をつないで、同じようにほほ笑みながら近よってくるような、そんな気味のわるさが先に立つ。
それも1曲か2曲程度ならまだしも、CD収録全15曲中の4曲が器楽独奏曲、4曲が独唱曲、残りのあと7曲すべてにクローン二重唱を聞かされるのは、もはや生理的心理的な許容範囲を越えてしまう。
音楽における「声部8パート、シュティンメ)」とは、声楽と器楽とのいずれを問わず「異質なものを複数重ねあわすことによって全体の調和を作りあげる構成要素」ではないだろうか。
(皆川達夫)

[準推薦]
前作「私の涙」からそれほど間をおかないで、二人の新しい録音に接することができた。二重録音とのことだが、声質や演奏スタイルの同質性をもとめるなら、同じ音楽家が二重奏、二重唱したほうが好ましいわけだ。声と声、リュートとオルファリオンという一人二重録音のほかに、二重唱にリュート、オルファリオンという編成の多重録音も含まれている。
今回の録音曲目は、エリザベス1世のリュート奏者であったジョン・ジョンソンの作品、ロバート・ジョーンズ、トマス・キャンピオンといったリュート歌曲作曲家、そしてモーリーの作品から選ばれているが、ジョンソンの《グリーンスリーヴス》(変奏曲)などをのぞけは、小品と呼んでも差し支えない作品ばかりである。その《グリーンスリーヴス》(二重録音)では、両楽器のアンサンブルが、きわめて密度たかくおこなわれ、アーテキュレートが美しい。キャンピオンの《光の創造主》における、切々と訴えかけるような、しかし演劇的にはならず品格を失わない歌唱には、このジャンルを長年手がけてきた平井満美子ならではの出来栄えである。いつもの丁寧な音楽づくりは、ここでも揺るぎない。
(美山良夫)

[録音評]
アーリー・ミュージックに特化した同レーベルからのCD第3弾。注目されるのは多重録音を多用したアルバム構成で、ルネサンス・リュートと珍しいオルファリオンのデュエットや、ソプラノの二重唱などをつくりあげているのが興味深い。15曲中11曲がオーヴァー・ダビングという多用ぶり。どれもなかなか自然な仕上がりだが、演奏側も製作側も楽しさと同時にけっこうな努力と苦労も味わったのでは。EMCプライヴェートスタジオでの2007年8月の収録。
<90点>
(神崎一雄)
CDジャーナル誌
2007年 12月号
リュート・ソングの専門家二人が設立したEMC Recordsからの3枚目。二重唱(奏)を多重録音したトラックが多いがまったく不自然さはない。ややオフ気味ながら親密な音像が、エリザベス朝の雅で生気に満ちた世界へ誘う。透明に飛翔する二重唱がとりわけ魅力的。
(友)
音楽現代 
2008年 1月号

注目盤
佐野健二と平井満美子によるリュート歌曲の三枚目。エリザベス朝の作曲家のデュエット等を収録。当盤の特徴はスタジオでの多重録音。佐野はライナーノートで、多重録音を「分身の術」と称し、各人が変奏した分身と共演する写真(佐野とサノ等)を掲載するなどして洒落ている。多重録音は非音楽的とまでは言わないが、呼吸や間合いにタイトな感じがして、正直言ってやはり息苦しい感じは否めない。とはいえ、リュートの佐野はもとより、平井もノン・ヴィブラートの涼やかな美声を聴かせて、曲の様式に適った解釈はまさにどんぴしゃ。特にキャンピヨンの《もしそんなに知りたいのなら》は言葉の襞までデリケートに表情豊かに歌いこんで心に沁みる。
(那須田務)




EMC Records 第四弾
イタリアバロック歌曲集 Vol. 2「アリアンナの嘆き」
平井満美子/ソプラノ 佐野健二/アーチリュート
EMC-R-0014
音楽現代 
2008年 8月号

推薦盤
平井満美子と佐野健二によるイタリア初期バロックの歌曲集。何が原因か分からないが、この録音、両者の響きが融合せず、とくに歌においてどこか不自然で金属的な感じを覚える。それはさておき、同アルバムは構成が見事。ライモンドのリチェルカータで始まり(その後も随所にソロを挟む)、カリッシミ、ストロッツィにモンテヴェルディの《アリアンナの嘆き》で締め括るというもので、平井のソプラノは声も歌唱様式もこれらの作品に相応しく、テキストの色濃い情念を艶やかに歌い上げる。アーチリュート等を弾く佐野のソロや通奏低音はベテランの風格。とりわけ、息の合ったデュオで緩急自在かつ劇的に聴かせる《アリアンナの嘆き》がすばらしい。
(那須田務)
レコード芸術
2008年 8月号

準推薦盤
準推薦盤
[準推薦]
ソプラノの平井満美子さん、アーチリュートの佐野健二さんのコンビによる「イタリア・バロック歌曲集-2」である。タイトルにされたクラウディオ・モンテヴェルディ(1567〜1643)の<アリアンナの嘆き>を棹尾に飾り、ジャコモ・カリッシミ(1605〜74)の<泣け、おお泣け>や<おお思い出よ>をはじめとする独唱作品6曲を軸に、リュート独奏曲を髄所にちりばめている。
解説書に付されたイタリア語歌詞対訳が平井さんご自身によることからも明白なように、歌詞の内容を十全に生かした歌唱である。ひとつひとつの言葉を的確に語りあげ、歌詞と音楽とが完全に一体化している。とくに<アリアンナの嘆き>が秀逸で、望ましい抑制の中に絶海の孤島に捨てさられた乙女の訴えが鮮烈に歌い上げられる。
反面、カリッシミやバルバラ・ストロッツィ(1619〜64ごろ)らの作品になると、劇場をはらんだ歌詞を協調するためか、やや力みが加わって平井さんの透明な歌声が多少曇ってしまったことが惜しまれる。
佐野さんのアーチリュートによる演奏は、いつもながら手なれたもの。ジロラモ・フレスコバルディ(1583〜1643)の<トッカータとカンツォーナ>はもとより、パレストリーナ(1525ごろ〜94)の名マドリガーレ<春は野に山に>の器楽編曲に心たのしく聴きいった。なお解説文に「ローマの聖ピエトロ寺院の・・・」と記されているが、仏教用語との混用は望ましくない。
(皆川達夫)

[準推薦]
それほど間をおかずにリリースされる平井満美子(S)と佐野健二(アーチリュート)による録音だが、丁寧な音楽つくりに加えて意欲的な曲目を織り込んだプログラム構成の巧みさが今回も光っている。アルバムのタイトルであり、最後におかれたモンテヴェルディ<アリアンナの嘆き>が図抜けて有名であるとしても、それに比肩する創意をもった大曲を織り込んだ構成は、昨年発売された『私の涙/イタリア・バロック歌曲集』同様である。同じバス音型をくりかえすパッサカリア形式の形を下敷きにしたサンチェスのカンタータや、モンテヴェルディの<主を讃えよ>(ラテン語歌詞)など内容は多彩だ。声楽家にとっては、ブレスなしで一気に歌うパッセージや、ストロッツィのように装飾音型の美しい歌唱が求められるなど、音楽の要求につぎつぎ応えなくてはならない。その課題にチャレンジする姿勢は、新しい録音でも変わりない。
<アリアンナの嘆き>を含め切々と訴えかけるような歌唱における、こぼれるような美しさ、演劇的表情過多を避けた気品は、いままでの彼女のレコーディングの美質を受け継いでいる。なお"前奏・間奏曲風に"はさまれさ佐野健二の独奏は、ピエトロ・パオロ・ライモンディの作品。モンテヴェルディと同時代人というが、ほとんど知られることのない作品に光をあてた貴重な体験が可能になっている。
(美山良夫)

[録音評]
残響感は非常に豊かなのだがソプラノもアーチリュートもほぼ2本のスピーカーの中欧に固定されていて、ステレオとしての音響空間を聴かせるのではなく、音場感としての開放感は薄い。音響的なスペクトラムも低域が減衰しているため若干硬めの音になっているようだ。たっぷりとしたエコー感もやや人工的な印象があり、ふくよかな響き感とはやや異なるようだ。
<87点>
CDジャーナル誌
2008年 8月号
古典的な様式感を保ちながらも深い悲しみの真情を披瀝する「アリアンナの嘆き」に強い感銘を受ける。うわべの美しさをつくろった浅薄な演奏とは次元の異なる高い境地と言ってよい。イタリア古楽の粋を極めんとする平井と佐野の研鑽に頭の下がる思いである。
(山下義彦)
銀座山野楽器本店
広告より
世界でも珍しい、ルネサンス、バロック時代のリュート歌曲のスペシャリストとして活躍している、平井満美子(ソプラノ)と佐野健二(リュート)の主宰する「アーリーミュージック・カンパニー」の独自レーベル「EMC RECORDS」。良質な録音を送り出してきたそのレーベルの最新盤は「アリアンナの嘆き」。イタリア・バロック時代の歌曲をリュート伴奏で歌う注目シリーズの第2弾です。有名なモンテヴェルディの「アリアンナの嘆き」をはじめとする感情表出の激しい作品の数々を、優れた演奏で聴かせてくれます。ライモンドのリュート独奏曲を間に挟んだそのこだわりの選曲にも注目です。古楽ファンなら見逃せないアルバムです。





Santiago de Murcia サンティアゴ・デ・ムルシア
French Dance Music for the Spanish Court
バロックギターによるスペイン宮廷のためのフランス舞踏曲集
“Resumen de acompanar la parte con la guitarra” 1714
ス曲を佐野健二のバロックギターが奏でる

佐野健二/バロックギター 湯浅宣子/選曲、監修
EMC-R-0015 ¥1500
音楽現代 
2008年 12月号

注目盤
サンティアゴ・デ・ムルシアは18世紀スペインのギタリスト。伴奏法の著作やダンス曲などがある。同アルバムは1714年に出版された「ギターによる伴奏の概要」に収録されたダンス音楽がバロックギターで演奏したもの。ムルシアとその著作や使用楽器については湯浅宣子氏及び演奏者自身による解説に詳しい。録音に際してはタブラチュア譜によるファクシミリを参照したという。スペインの女王マリア・ルイサのもとに届けられたフランスの最新流行のダンス音楽の、ムルシアによるスペイン・ギター風の味付けが面白い。佐野健二の演奏は正統的にして古の雅を感じさせる。バロック・ダンスやバロックギターに感心のある方に好個の一枚。
(那須田務)
レコード芸術
2008年 12月号

準推薦盤
準推薦盤
サンティアゴ・デ・ムルシアは、18世紀スペインの宮廷で活躍したギター音楽家である。1714年に印刷刊行された伴奏法教則本をはじめ、いくつかの筆写曲集によって、コントルダンス、ガイヤルド、メヌエット、パスピエ、パヴァーヌなどのフランス風舞曲作品が残されている。そのデ・ムルシア作品の20曲以上ほどを、佐野健二さんは手がたいアプローチで演奏しておられる。
最初から最後まで、軽快でしかも雅びな舞曲のリズムが流れだしてくる。つまり、このCD全体が踊っているのである。それはゴヤが描いたスペインの舞踏の情景を彷彿とさせ、しかもその背後には、なにやら憂鬱と悲しみの風情がただよっている。
同工異曲の気味を否めないにしても、半音法を多用し、声部ごとの動きより、もっぱらメロディとリズムの上にくり広げられてゆく。佐野さんのバロック・ギターは、18世紀スペインなればこそ生まれえたデ・ムルシアが胸に秘した憂愁を誠実に十全に引きだしておられる。
(皆川達夫)

18世紀スペインのギター奏者で作曲家のサンティアゴ・デ・ムルシアは、バロック・ギターに感心をもっている人には親しい名前だ。彼の生涯には不明な点も多くあるものの、ギターの歴史に彼の唯一の出版物である「ギターによる伴奏の概要」(1714年)のもつ意義は大きい。この著作は、前半にギターによる通奏低音伴奏の方法、後半にフランスなどの宮廷舞踏の音楽例を含んでいる。フランスの舞踏文化流入をしめすドキュンメントであり、そこから「バロック・ギターによるスペイン宮廷のためのフランス舞踏曲集」というこのディスクのタイトルも由来している。
教則本あるいは理論的な著作の曲例は、音楽作品としてのアピールよりも説明の補助としての役割が求められている場合が多い。そのため、CDでの鑑賞を目的に録音される場合は、曲の短さを補うための反復、それも装飾を加えるほかかなりの工夫が必要となる。佐野健二はその実用音楽と鑑賞音楽との差違をふまえ、適切な補正などを加えながら演奏する。しかしいずれも短い、舞曲の名前、あるいは空想的なタイトルをもった音楽は、舞曲としての実用性も維持するように配慮される。一方最後におかれた1曲の組曲は、舞曲のくびきから放たれ、とりわけプレリュードの即興性をもったパッセージが、他の曲ときわだった対照をしめしている。このディスクは、このようにバロック・ギターに求められた一側面をたくみに照射したものと言えよう。
(美山良夫)

[録音評]
眼前に演奏者の姿を見ながら演奏を聴く感覚の収録である。繊細なバロック・ギターを高いSN比で収録する狙いあっての、演奏に迫っての収録だろう。空気の流れのせいか、床の振動か、超低域ノイズが常に伴うのが気になる。近接したためか意図的かギターは太めのイメージでの収録だが、サウンド自体はなかなかのリアリティ。2008年7月、EMCプライヴェートスタジオでの収録。<90点>
(神崎一雄)
CDジャーナル
2008年 12月号
デ・ムルシアは18世紀スペインで名を馳せたギタリスト。バロクk・ダンサーの湯浅宣子が当時の舞踏譜を検証して録音。要するに当時のさまざまなスタイルのダンス・ミュージックというわけだ。枯れた味わいのバロック・ギターが、優雅でしなやかな動きを表現してくれる。
(堀)
現代ギター
2008年 12月号
18世紀スペインの傑出したギタリスト、サンチャゴ・デ・ムルシアは自らを「女王サヴォアのマリア・ルイサ・ガブリエラのギター教師」と書き残している。このCDは彼がスペイン宮廷で女王に教えかつ奏でたであろうフランス舞踏曲集から29曲を選んで、佐野健二が5コース・バロックギターで演奏している。なぜスペイン宮廷でフランス舞踏なのか?当時のヨーロッパの歴史を選曲と監修を担当したバロック・ダンサー湯浅宣子がリーフレットで興味深く述べている。聴いて心和み、読んで勉強になる、古楽好きにはお勧めの1枚と言えよう。
(spiritone)


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